<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?><rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" 
			xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" 
			xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="http://kinopurata.blog112.fc2.com/?xml">
<title>キノプラ太－矢野の仕事が無いＡＶ監督日記。</title>
<link>http://kinopurata.blog112.fc2.com/</link>
<description>ＡＶ監督、キノプラ太－矢野の仕事覚え書き。</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-61.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-60.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-59.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-58.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-57.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-61.html">
<link>http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-61.html</link>
<title>リング・オブ・ガンダム</title>
<description> 先ごろ、お台場辺りで公開されたプロモーション映像がＧｙａｏで観れた。うん。これこそ富野節、由緒正しい富野さんのガンダムを感じます。これはもう長編映画として作っていただくしかないのではないでしょうか。http://player.gyao.yahoo.co.jp/wmp/?cp_id=00762&amp;program_id=v07933&amp;video_id=v0793300000000524530ＣＧはいまになってもまだパースの取り方や空気遠近法がうまくなくて、ショボくみえてしまいますが、ラストのせり
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 先ごろ、お台場辺りで公開されたプロモーション映像がＧｙａｏで観れた。<br />うん。これこそ富野節、由緒正しい富野さんのガンダムを感じます。これはもう長編映画として作っていただくしかないのではないでしょうか。<br /><a href="http://player.gyao.yahoo.co.jp/wmp/?cp_id=00762&amp;program_id=v07933&amp;video_id=v0793300000000524530" target="_blank" title="http://player.gyao.yahoo.co.jp/wmp/?cp_id=00762&amp;program_id=v07933&amp;video_id=v0793300000000524530">http://player.gyao.yahoo.co.jp/wmp/?cp_id=00762&program_id=v07933&video_id=v0793300000000524530</a><br />ＣＧはいまになってもまだパースの取り方や空気遠近法がうまくなくて、ショボくみえてしまいますが、ラストのせりふにあるように「アムロの遺産をうまく人類に役立てていくことができる。絶望さえしなければ」（うろ覚え）、・・・・「ガンダム」という遺産を使ってまた新たな切り口とメッセージを創作する富野監督に感動します。<br />そしてなんて前向きなメッセージ。<br />「ガンダム」が作者の手を離れて商業主義にまみれていって、深く絶望した監督がなお、生きること、くだらない社会、そんなものに絶望することなく、「ガンダム」という作品が培ってきた歴史文化を未来に役立てていこうとする前向きさ。<br />元気を与えてくれます。さすが富野さん。<br />早く完成品が観たい。 ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-09-16T23:32:18+09:00</dc:date>
<dc:creator>キノプラ太</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-60.html">
<link>http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-60.html</link>
<title>忘却の旋律</title>
<description> もう何年も前になるが「忘却の旋律」というＴＶアニメーションシリーズがあった。全くヒットしていないので誰も知らないかもしれないけれど、僕は好きなのである。いまだに時に思い出してしまう。ストーリーや場面をということではなく、その作品のなかにある「気分、後味の悪さ」のようなもの。押井守が言うように「観ているときに楽しいだけの映画は駄作。観終わったあとに観ている自分や社会のことに考えを誘導していける映画が
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ もう何年も前になるが「忘却の旋律」というＴＶアニメーションシリーズがあった。<br />全くヒットしていないので誰も知らないかもしれないけれど、僕は好きなのである。<br />いまだに時に思い出してしまう。ストーリーや場面をということではなく、その作品のなかにある「気分、後味の悪さ」のようなもの。<br />押井守が言うように「観ているときに楽しいだけの映画は駄作。観終わったあとに観ている自分や社会のことに考えを誘導していける映画がいい」という意味で、このアニメは傑作だと思う。<br /><br />ｗｉｋｉから引用すると<br />本作品は、既存のアニメ作品とは一線を画した演出手法が特徴。終始かなり特殊な、「シュール」「不条理」ともいえる世界観に貫かれて物語が語られる。<br /><br />演出方法に多彩な暗喩や風刺を用いているため、容易に演出意図を汲み取ることが難しく、視聴者側にある程度の読解力を求めてくるところがあり、近年のアニメ作品としては難解な部類に属する。その上、本作品では、意味不明なバンクシーンや、心理描写なのか幻覚なのかがよく分からないシーンなどが繰り返し挿入されて、作品が極めて不条理であるという印象を付与することに貢献している。<br /><br />本作品のスタッフは同じく不条理さでならした『少女革命ウテナ』のスタッフと一部が被っており、その関連で本作品を『ウテナ』の後継であるとする見方もある。（『ウテナ』との類似点は、一見荒唐無稽に見える設定と演出の中に、現代社会への鋭い皮肉、自閉からの脱出、真実の成長の意味などの哲学的テーマが多数織り込まれているところにも見受けられる。そういった部分は、ある意味、異色であると同時に、意欲作であるともいえるだろう）<br /><br />また、独特の困難さの理由は、演出方法のほかにも、メロスの戦士のほか、モンスターに支配され彼らに服従せざるを得ない大衆や、自らのエゴのためモンスターに荷担する人間たち「エージェント」など多彩なキャラクターたちの立ち位置にもある。様々な立場の人間達が入り混じる、複雑な人間模様が形成されているため、作品世界全体の理解には、かなりの話数の視聴を要する。<br /><br />ただ、テーマは基本的には「学園」という場を出た若者がぶつかる社会との軋轢、それを通じた少年の成長を描いており、それを理解したうえで視聴することで、作品の難解さはいくぶん緩和することが可能である。<br /><br />登場人物（特に敵方）のネーミングやデザインなどは、初見ではジョーク・冗談の類かとも思われる奇妙なもので埋め尽くされている。また、彼らの台詞回しは駄洒落や陳腐なギャグの類である場合が多い。だが、基本的にはそれらは何かしらの暗喩であり、直接的でないテーマの表現である。これはある意味で、アングラ演劇的な手法だともいえよう。<br /><br />また、これは既存作品とは異なる奇抜さで注目を集めると同時に、あえて印象を記号化して意味を剥奪することで風刺・暗喩的意味を際立たせ、「制作者の隠れた意図」に目を向けやすくするための試みでもあろう。<br /><br />例 #1 描き割りのような背景＝主人公が感じている学園生活の味気なさ、薄っぺらさ、作り物のような現実感のなさの象徴<br /><br />例 #1 モンスター・ホルが生贄に要求する子供（「ギリシャ神話」におけるミノタウロスのエピソードがモチーフ）＝大人社会のエゴのために犠牲にされる純真さ<br /><br />ただ、話の合間に無意味とも思える扇情的なシーンが挟まることが多く、この傾向は回が進むにつれて強くなっていった（もちろん、放映当時の深夜の放送枠ではこの扇情的なシーンの存在ゆえに本作が注目を集めたことは事実であり、制作側も、おそらくそれを計算したものと思われる。真実の意図は、おそらく扇情的なシーンで好事家の視聴者を引き込み、じょじょに誘導して作品のテーマ自体に興味を持たせることであったろう）。だが、これは結果として作品のテーマからは遊離したナンセンスな場面が大きくクローズアップされ、本筋のテーマを見失わせることにもなり、一部の視聴者の間では「話の流れが理解できない」「手抜きでは?」といったような批判的なコメントも多く見受けられた。<br /><br />商業的にはほぼ失敗に終わっており、DVDに収録予定だった付録の一部が中止になるなど、問題点も残した。 娯楽を主とするアニメ作品であえて難解な演出技法を用い、社会的かつシリアスなテーマを語ることの意義・是非はともかく、独自性という意味では、他の雑多な作品群からは大きくかけ離れた位置にある作品であって、一部の視聴者には強く支持された。<br /><br /><br /> 世界観 [編集]<br />この作品の特異な部分として世界観がある。 「20世紀戦争に人間が敗れ世界はモンスターに支配された」事がナレーションで繰り返されるが、劇中モンスターは政治的な活動は行わず、ただ子供の生け贄を「税」として要求するだけであり、その一方ではモンスターにより環境破壊や国家間の戦争が管理されているらしい。<br /><br />そして一般市民の普段の生活は現代の人間と変わらず、子供がモンスターの生け贄になっていることにさえ目をつぶれば平穏な生活を送る事が可能であり、そのため殆どの人間はモンスターの支配を黙認し、むしろ積極的に支持してモンスターに取り入ろうとする人間も多い （劇中、戦士以外の人間がモンスターの力に触れると石や人形になってしまうのは、モンスターが「社会の不条理」をカリカチュアした存在であり「一般人は社会の不条理を前にすれば石や人形も同じ」ということを暗喩していると思われる）。<br /><br />従ってメロスの戦士が戦っているのは、表面的にはモンスターやモンスターユニオンのエージェントであるが、実際には「世界の構造そのもの」となる。故に劇中ではボッカ達の戦いに支持は殆ど無く、一般人の反応は白夜岬編のように厄介者扱いか、第9話の老人のように戦士を「社会に受け入れられなかった負け犬が格好をつけているだけ」と蔑むものである。<br /><br />以上、長々と引用したが、僕の感想も大体同じである。<br />あまりにも馬鹿馬鹿しい無邪気な欲望に支配された世界に立ち向かうことの徒労。あまりにも間単に支配者におもねることで楽チンに生きようとする人々の中で、自分が戦うことの意味や自分の存在の意味さえ無意味に思えてしまう不毛さ。<br />でもその「システム」のなかで間違いなく生贄になる人々が生まれていて、わかっているがどうにもならない絶望。<br />悪が思想もなく子供のような無邪気さと気まぐれでいることは、それと戦うものも次の瞬間には悪になったしまうかもしれない。<br /><br />ヒットしなかった理由は簡単で以上のような理由で見ていて楽しくないからであり、いやーな感じが付きまとうからである。<br />あまり考えると自己否定につながるからだ。<br />本質をえぐるような作品がすばらしいとはいいながら、あまりにも鏡のように映し出されてしまっては、やっぱりこまるのだ。人生は苦しみの連続であり、そんな地獄をあらためてみせつけられたくはない。<br />だから、映像は多少は夢がなければならない、ということになるのだけどね。<br />でも、僕はこの作品が大好きだし、こうした作品が作りたいと思う。<br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-09-12T10:14:42+09:00</dc:date>
<dc:creator>キノプラ太</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-59.html">
<link>http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-59.html</link>
<title>金田伊功さんが亡くなられてしまった。</title>
<description> 七月二十一日に、アニメーターの金田伊功さんが亡くなってしまった。アニメーションに興味のない人には誰それ？っていう感じでしょうが、アニメーターの中でもまさに天才と呼ぶしかないかたでした。ただ、絵が上手いというのではなく、他人には決してまねのできないような特異な感覚を持っていらっしゃいました。登場人物の感情をより激しく表現するために原型をとどめないほどに表情を崩す、勢いを表現するために信じられないよう
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 七月二十一日に、アニメーターの金田伊功さんが亡くなってしまった。<br />アニメーションに興味のない人には誰それ？っていう感じでしょうが、アニメーターの中でもまさに天才と呼ぶしかないかたでした。<br />ただ、絵が上手いというのではなく、他人には決してまねのできないような特異な感覚を持っていらっしゃいました。<br />登場人物の感情をより激しく表現するために原型をとどめないほどに表情を崩す、勢いを表現するために信じられないようなパースで描き、誰にもまねのできないようなリズムでアクションを描いていました。またアオリや魚眼レンズ表現、金田光りと呼ばれる「エネルギーがあふれすぎて直線に飛んでいかないうねるような光線」など、アニメ表現の極北でありながら、動いたときの「絵が動くことの快感」は、世界一であったと思います。<br /><br />それを計算というよりは天性で描いた、天才であったと思います。<br />あまりにも目立ちすぎて、作品の中で浮いてしまうので、演出家としては使いづらいということもあり、なかなかいい作品にめぐり合えなかったという部分もありました。<br /><br />僕は小学６年生のころに金田氏の作画に出会い、何度も何度もヴィデオでコマ送りしながら「これがアニメなんだ！」と驚嘆し、その動きの見事さに酔いしれていました。<br />氏は、それ以来、一貫して僕の神様でした。<br />叶わない夢になってしまいましたが、いつか自分が映像の監督なりプロデューサーなりになれたら、絶対、５分でもいいから金田氏にアニメのパートを描いてもらいたかった。もう好きなように、やりたいこと全部描いてください！歴史に残る５分のアニメを描いてください！って頼みに行きたかったです。<br />近年はゲームの仕事が多く、あまり見ることができなかったので、いつかまたすさまじい快作を楽しみにしていたのですが、残念でなりません。<br /><br />僕の人生を作ってくれた、大きな神様がいなくなってしまった。<br /><br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-08-18T00:47:13+09:00</dc:date>
<dc:creator>キノプラ太</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-58.html">
<link>http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-58.html</link>
<title>AVは越境するメディアである。</title>
<description> 撮影の参考になるので、アイドルのイメージビデオをたまに見る。グラビア関係のスタッフなのでやはりＡＶより綺麗にゴージャスに撮れている。アイドルのかわいいところがあって、次は水着でゴロン、体をなめるようなショット。「うわー、触りてえ！」と図らずも思ってしまうショット。で、僕らは自分が触ったような想像をして抜いたりするわけだ。でもＡＶでは、そこに手が伸びてきて女の子のお尻を触ったりする。あまつさえ水着を
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 撮影の参考になるので、アイドルのイメージビデオをたまに見る。<br />グラビア関係のスタッフなのでやはりＡＶより綺麗にゴージャスに撮れている。アイドルのかわいいところがあって、次は水着でゴロン、体をなめるようなショット。<br />「うわー、触りてえ！」と図らずも思ってしまうショット。<br />で、僕らは自分が触ったような想像をして抜いたりするわけだ。<br /><br />でもＡＶでは、そこに手が伸びてきて女の子のお尻を触ったりする。あまつさえ水着を脱がして性器に触れたりしてしまう。僕らがしたくてもどうしてもできなかったことを男優がいともあっさりしてしまう。<br /><br />僕らはその越境が見たくてＡＶを見る。<br /><br />見たくても見れない女の子の裸を見る越境。<br />女の子の性器にペニスを挿入する越境。<br /><br /><br />その個人の日常性を超える部分がＡＶの最大の魅力なのだと思う。<br /><br />でもセックスの場面で男優がなんかこう気持ちよさそうにしてるととたんに「傍観者」に逆戻りしてしまう。「お前らだけ気持ちよくなってんじゃねえよ」になってしまう。<br /><br />それは監督、カメラマンである僕もそう思った。<br />セックス前はカメラ＝僕だけを見つめてくれた女の子が男優相手になるとこっちは傍観者だしちっとも楽しくないのだ！<br />で、ハメ撮りをするようになる。これもひとつの越境。普通の感覚では理解できないと思う。<br /><br />あるいは、視聴者が素人男優としてＡＶに出たりする。あまつさえ自分の部屋に女の子を入れて撮影などし、ソープランドごっこなどしたりする。逸脱である。<br /><br />こんなことＡＶでなければできないし、それができるのがＡＶの凄さだと思う。<br /><br />そしてね、そうやって越境していくとＡＶモデルさんと恋愛したりするのです。<br />もう日常が撮影だかなんだかわからない。自分がＡＶの中に入ってしまった感じになる。<br />（もちろん日々撮影して作品化もしていくので）<br /><br />そして、挙句の果てに元ＡＶモデルの女の子と結婚とかして「もうＡＶは辞めて」とか言われてしまい辞めざるを得なくなるのも越境のひとつの形のような気がしてきた。<br /><br />もともと僕は「女の子の気持ちを汲み取る」みたいなスタイルで撮影しようとしてきたから、そうなるのも当然の帰結だと思える。すべてがＡＶの法則の越境の結果なのだ。<br /><br />そういう意味では僕はいまだに「撮影のないＡＶを撮影している」ような気がする。<br /><br /><br />それはセックスというものが自分の殻を破るというか「死に臨む」というような部分があるからだろうか。死に向かう恍惚。人生を棒に振る恍惚。女の子のお尻に手を伸ばす、という落ちていく快感。ＡＶに働く越境のベクトルはそういうものなのかもしれない。<br />エロス＋タナトスでエロトスとはよく言ったものである。<br /><br /><br /><br /><br />別の話。<br />子供は作ってみるものである。<br />子供がいなかったら絶対理解できなかったような視点で映画が見られるから。昔の自分なら無視したような部分で泣けるもん。凄い得した気分。<br />（負け惜しみもあるけどね） ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2008-12-14T02:15:32+09:00</dc:date>
<dc:creator>キノプラ太</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-57.html">
<link>http://kinopurata.blog112.fc2.com/blog-entry-57.html</link>
<title>心の闇</title>
<description> 人にはいくつもの仮面があって大人になるに従って仮面が増えていくものらしい。女の子は子供のころはおそらく仮面はひとつだけだったかもしれない。でも性を知った時、初めて性交したとき、そのことを「無かったことのように」しまいこむ。それは秘密の顔になる。性は「秘め事」なのだ。なぜか。それがどれほど楽しく気持ちよく開放的ですばらしい体験でも、それをあからさまに見せるのははばかられるらしい。だから「公的な顔」と
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 人にはいくつもの仮面があって大人になるに従って仮面が増えていくものらしい。<br /><br />女の子は子供のころはおそらく仮面はひとつだけだったかもしれない。<br />でも性を知った時、初めて性交したとき、そのことを「無かったことのように」しまいこむ。<br />それは秘密の顔になる。<br />性は「秘め事」なのだ。なぜか。<br />それがどれほど楽しく気持ちよく開放的ですばらしい体験でも、それをあからさまに見せるのははばかられるらしい。だから「公的な顔」と「秘密の顔」を使い分ける。<br /><br />AVを撮影する僕らは、その「秘密の顔」をほんの少し、かいま見る。<br />女の子たちは、それは見られたくない部分だし、お金のためなんていうのも嫌だから、さらに自分の奥にしまいこみ、AV用の仮面を撮影の時だけかぶる。<br /><br /><br />おそらく、彼女たちの一番見せたくない部分を見ている僕たちを、彼女たちはとても嫌うだろう。<br />撮影中いくら楽しそうでも、仲良くなっても、一歩「日常の世界」に入ったら、僕らも彼女の仮面も、心の醜い部分として蹴落とされ、封印される。<br /><br /><br />僕は「闇の側」の人間として、あっち側へいってしまった彼女たちを寂しく見送るだけなのだ。<br />そんな女の子のことを、ちょっと思い出した。 ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2008-11-21T23:50:56+09:00</dc:date>
<dc:creator>キノプラ太</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
</rdf:RDF>